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福岡地方裁判所 昭和27年(行)43号 判決

原告 国際バイヤー指定ホテル株式会社大丸別荘 外一名

被告 福岡県知事

被告補助参加人 武石源太郎

一、主  文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

二、事  実

原告両名訴訟代理人は「被告知事が昭和二十七年七月一日附を以て補助参加人武石源太郎に対して与えた福岡県筑紫郡二日市町大字武蔵字湯町四百三十四番地、宅地四十八坪内における温泉掘さくの許可を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告国際バイヤー指定ホテル株式会社大丸別荘(以下単に大丸別荘と略称する。)は福岡県筑紫郡二日市町大字武蔵字湯町四百三十五番地の二、宅地三十二坪四合を所有し、同地内に同会社の代表者である山田大助個人名義で温泉掘さくの許可を受けて温泉を掘さくし(深度二十六間)、鉄管により約百間を引湯し、同会社経営の旅館用硝子風呂に使用しているが、この設備費に約四百万円を投じ、原告筑紫産業株式会社(以下単に筑紫産業と略称する。)は福岡県筑紫郡二日市町大字武蔵字湯町四百三十五番地の三、宅地五坪を所有し、同地内に同会社の代表者である武石政右衛門個人名義で温泉掘さくの許可を受けて温泉を掘さくし(深度二十六間)、採取した温泉を約八十間を距てた右武石政右衛門個人経営の博多湯に鉄管により引湯使用し、この建設費に約百万円を投じている。しかるに補助参加人は昭和二十七年五月三十一日被告知事に対し温泉ゆう出の目的を以て、原告大丸別荘が、その所有土地内に掘さくせる前記温泉井より十六米四合、原告筑紫産業が、その所有土地内に掘さくせる前記温泉井より十八米二合の地点、すなわち請求の趣旨記載の土地内に掘さく許可の申請をなし、これに対し被告知事は同年七月一日掘さくの許可を与えた。しかしながら補助参加人が原告等の温泉井より右の如き近距離の地点においてさく井すれば、原告等の温泉のゆう出量、温度及び成分に甚大なる悪影響を及ぼすことは従来の事例に徴し経験上明らかである。殊に二日市温泉は乱掘の弊があつた為、昭和二十六年十二月二十五日二日市温泉組合において協議会を開催した結果、温泉ゆう出を目的とするさく井を当時既に掘さく許可の申請を提出しおる者及び既に掘さくを始めていた者等合計十八名(原告等各代表者及び補助参加人を含む)に対してのみ認め、爾後は既設の湯口より六十間を距てなければ認めない旨申し合せ、その旨被告に交渉したところ、被告においてもその意向を入れて右十八名に対してのみ掘さくの許可をなしたのであつて、その際補助参加人が掘さくの許可を受けた場所は前記許可のあつた場所より約百間を距てた地点であつた。しかるに補助参加人はその後更に前記のとおり被告に対し掘さく許可の申請をなし、これと相前後して許可申請をなした佐藤清外七名に対しては前記組合の申合せがあつた為その申請が却下せられたにも拘らず、補助参加人に対してのみ前記の許可がなされたものである。以上の次第で被告知事の補助参加人に対する温泉掘さく許可は原告等の温泉利用権を著しく侵害する違法の許可というべきであるから、これが取消を求める。と陳述し、補助参加人の本案前の主張に対し、温泉法第三条に基く許可は法規裁量行為であつて自由裁量行為ではない。と述べた(立証省略)。

被告指定代理人は本案前の主張として、被告知事が温泉掘さくの許可を与えたのは原告等主張のとおり訴外山田大助及び武石政右衛門に対してであつて、原告等に対して温泉掘さく許可を与えたことはない。従つて原告等は被告が補助参加人に対し与えた温泉掘さくの許可によつて侵害を受ける何等の権利なく、本訴を提起する法律上の利益なきものであるから、原告等の本件訴は却下さるべきものである。と述べ、本案につき、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告等主張事実中原告等がそれぞれその主張の土地内に山田大助、武石政右衛門名義で温泉掘さくの許可を受けて、温泉を掘さくし、その主張のとおり引湯使用していること、被告が補助参加人に対し昭和二十七年七月一日、原告等の温泉井より、その主張の距離にあたる土地に温泉掘さくの許可を与えたことは認めるが原告等が費した設備費の点は不知。又補助参加人が右許可を受けた地点でさく井した場合原告等の温泉に悪影響を及ぼすとの点は否認する。被告は本件許可を与えるにあたり温泉審議会を開き学識経験者等で構成されている同審議会の委員に意見を徴したところ、原告の主張するような温泉のゆう出量、温度及び成分に著しい悪影響を与える虞れがないとの絶対多数の意見を得たので、被告は温泉法第三条に基き相当と認めて許可したものである。従つて右許可は適法かつ妥当なもので、取消すべき何等の違法も存しない。と述べた(立証省略)。

被告補助参加代理人は本案前の主張として、温泉法第三条による都道府県知事の温泉のゆう出を目的とする土地掘さくの許可行為は行政庁の自由裁量行為である。温泉法は「温泉を保護し、その利用の適正を図り、公共の福祉の増進に寄与する」(同法第一条)ことを目的とするものであり、温泉の保護につき第三条乃至第十一条の規定を設けて元来自由なるべき土地所有権行使の一態様である温泉の採取行為に一定の制限を加えたのは右の目的にいずるものであつて、都道府県知事の右許可行為は同法第三条の規定する温泉をゆう出させる目的で土地を掘さくしようとする土地利用に関する不作為義務を解除する行政行為と解すべきである。而して同法第四条は都道府県知事は温泉のゆう出量、温度若しくは成分に影響を及ぼし、その他公益を害する虞れがあると認めるときの外は、同法第三条の許可を与えなければならない旨規定しているところから、温泉採取の制限は温泉保護の為公益上やむを得ない場合に限りなさるべきであるとの法の趣旨であることは明瞭である。従つて同法第三条の許可申請に対して都道府県知事が不許可処分をなし得るのは同法第四条所定の事由がある場合に限られる。しかしながら、同条は温泉のゆう出量、温度若しくは成分に何等かの影響を及ぼす虞があると認めるときはすべて温泉のゆう出を目的とする土地掘さくの許可申請を必ず却下しなければならない旨規定しているものではなく、右の影響の可能が予想される場合でも都道府県知事がその影響の程度、既設並に新設温泉の利用方法や範囲、需要量その他諸般の事情を考慮して掘さくを許可しても公益を害するに至らず却つて温泉の適正な利用と公共の福祉の増進に寄与する所以と認める場合には掘さくの許可処分をなし得るのであつて、このことは同法第十条の規定に徴しても明かである。従つて都道府県知事は掘さくの許可をなすについては温泉法が許可をしないことができる場合として規定している事情の有無及びその程度を判断し、許否何れが同法第一条に規定する行為目的に合致するかを決定する技術的裁量権を有するものと解すべきである。又温泉法に、都道府県知事は一旦許可を与えた後においても一定の事由があるときはその許可を取消し、又は公益上必要な措置を命ずることができ(同法第六条)、或は温泉の採取の制限を命ずることができる(同法第九条)旨の規定が存し、これらの措置のうち、何れの措置を採るかは全く都道府県知事が何れが公益に合致するかという観点からその自由な政治的裁量に委せられているのである。なお温泉掘さくの許可行為はその法文の規定の態様においても飲食店営業等についての都道府県知事の許可行為に関する食品衛生法第二十一条乃至第二十四条の規定の仕方と異るところなく、いずれもその行為の性質において単に国民に利益を附与する行為であり、法の意とするところが右許可を行政庁の政治的又は技術的裁量に委せる趣旨であることは明かである。而して行政庁の自由裁量に属する処分については、仮にその裁量を誤つた場合でも当不当の問題を生ずるに止まり、裁量権の範囲を超えない限り違法の問題を生じないから、原則として行政庁の自由裁量処分は裁判所の審判の対象となり得ないものと解すべきである。従つて原告等の本訴請求は不適法なものといわなければならない。仮に右主張が理由がないとしても、原告等がその所有土地に温泉を掘さくし、引湯利用しているのは、前叙のとおり掘さく許可により温泉法の規定する土地利用に関する不作為義務が解除され所有権の内容を行使しているに過ぎないから、補助参加人がその権利に属する別個の土地につき掘さくの許可を得て温泉を掘さく採取しそれにより原告等が何等かの不利益を蒙ることがあつても、それは単に従前補助参加人が右温泉を掘さく採取できないことによつて得ていた反射的利益が得られなくなつたに止まり右利益は法にいう権利と称すべきものではない。従つて補助参加人に対する掘さく許可の行政処分により原告等の権利が侵害されたものということができないから原告等は本訴請求をなすにつき正当な利益を有しないものというべきである。と述べた(立証省略)。

三、理  由

先ず被告の本案前の主張につき考察するに、原告等がそれぞれその主張の所有土地内に温泉を掘さくし、その掘さく許可がいずれも原告各会社代表者個人名義で与えられていることは当事者間に争がないけれども、原告等が右温泉井より採取した温泉を利用に供していることは被告の認めるところであるから、原告等においてそれぞれその主張の温泉につき利用権を有するものというべく、若し被告が昭和二十七年七月一日附で補助参加人に対し与えた温泉掘さくの許可処分(右許可処分がなされたことは当事者に争がない。)が違法であり、かつこれにより原告等の右温泉利用権が毀損された場合、原告等は右処分の取消を訴求するにつき法律上の利益を有するものといわなければならない。従つて被告の右主張は採用しない。

次に補助参加人は温泉法第三条による都道府県知事の温泉掘さくの許可処分は自由裁量処分であり、自由裁量処分については裁判所に裁判権がないから、本件訴は不適法なものであると主張するが、温泉法第三条による都道府県知事の掘さく許可が自由裁量処分であるか否かは暫らく措き、自由裁量処分でも裁量権の限界を超え法の目的に反することが明白な場合には違法となるのであるから、自由裁量処分であるとの一事を以て、裁判所に裁判権がないということはできない。裁判所が審理の結果当該処分が裁量の限界を超えていない場合には、ただその処分が違法でないということで、その請求が理由がないことになるに過ぎないというべきである。従つて補助参加人のこの点の主張も採用できない。

次に補助参加人は原告等がその所有土地において温泉を採取利用しているのは知事の許可により土地利用に関する不作為義務が解除されその土地所有権の内容を行使しているに過ぎないものであるから、補助参加人がその権利に属する別個の土地につき掘さく許可を得て温泉を掘さく、採取することによつて原告等が不利益を蒙ることがあつても、それは単に従前、得ていた反射的利益を得られなくなつたに止まり補助参加人に対する掘さく許可の行政処分により原告等の土地利用権が侵害されたということができず、従つて原告等は本訴請求をなす法律上の利益がない旨主張するからこの点につき更に考えるに、温泉は衛生的医療的精神的方面からして国民の一般生活に対し重要な寄与をなすものであるが、その反面において若し温泉の掘さくと利用をその権利者の恣意に放任すれば、忽ち乱掘と乱用の結果を招来し、既設温泉のゆう出量、温度、成分等に悪影響を及ぼすのみならず、新たにゆう出する温泉についてもそのゆう出量の減少、温度の低下、成分の悪化を生ぜしめ、果ては泉源を荒廃涸渇せしめるに至り、その損害の及ぶところはひとり温泉権利者だけに止らず、温泉地一帯の経済生活を破壊し、温泉に来集しこれを使用する不特定多数人の利益を失わしめ、ひいて公衆衛生上有害な結果を齎す場合すらあることは看易い道理である。温泉法はかような社会的損失又は弊害を未然に防止する趣旨、すなわち、直接に公共の福利保全を目的とし専ら公益乃至衛生等の見地より土地使用権の一態様である温泉の掘さく又は利用に制限を加えているのであつて、温泉利用権の創設消滅を企図するものではなく、このことは温泉法の諸規定に徴して明かである。従つて都道府県知事の温泉掘さくの許可並にその利用の許可は補助参加人主張のとおりいわゆる不作為義務を解除する行政処分であると解せられ、温泉の掘さく行為は本来の土地使用権の行使にほかならないというべきである。しかしながら、知事の掘さく許可処分が温泉法第四条に違反した違法なものであり、かつ右許可に基く掘さくが原告等の既設温泉のゆう出量及び成分等に悪影響を及ぼす場合には右許可は原告等が温泉法による公衆衛生の維持その他の目的遂行上反射的に受けていた利益を侵害するに止らず原告等の温泉利用権そのものを侵害することは明かであるから、右侵害を蒙つたものは許可処分の違法を主張して、その取消を求めるにつき法律上の利益を有するものといわなければならない。従つて補助参加人のこの点の主張もこれを採用するに由ない。

よつて本案につき審按するに、温泉法第四条は「都道府県知事は温泉のゆう出量、温度若しくは成分に影響を及ぼし、その他公益を害する虞があると認めるときのほかは、同法第三条第一項の掘さく許可を与えなければならない。」旨規定しているから、右の事由がなければ知事は許可をなすべき拘束を受けるものと解すべく、その反面右の事由があれば、許可をなすべきではなく、従つて右掘さくの許可は覊束裁量の行為であるというべきである。而して右規定によれば、温泉のゆう出量温度若しくは成分に影響を及ぼす場合でも、その程度が公益を害する虞がない限り許可を与うべきものと解すべきである。そこで右の見地に在つて本件の場合を考えるに補助参加人が右掘さく許可を受けた地点が原告等利用の温泉井よりそれぞれ原告等主張の距離にあたることは当事者間に争がなく、原告等は右の如き近距離の地点において補助参加人がさく井すれば原告等利用の温泉のゆう出量、温度、成分等に甚大な悪影響を及ぼす旨主張し、甲第三号証の三(鑑定書)の記載は右主張に副うものであるけれども、右は本件の場合を直接実験した結果に基くものではなく、城崎温泉の事例を推論の根拠としたものである点並に証人松村久吉、松浦新之助、松下久道の各証言に対比して直ちに採用することはできず、又甲第四号証の一乃至三、証人山田彦太郎、美濃部正の各証言、原告大丸別荘代表者山田大助本人訊問の結果並に検証の結果(第一回)によれば二日市温泉において原告等の湯口から遠くを隔てない場所において両湯口間の距離二十五尺程度或は二十三尺程度でさく井した結果、相互に影響を及ぼしたものと認められる事例も存するが、前掲証人松村久吉、松浦新之助、松下久道の各証言によれば、かかる近距離においてさく井しても必ずしも常に既設温泉に影響を及ぼすものとは限らないことが認められる(右認定に反する証人高田梅雄の証言は措信しない。)から、右の事例から直ちに本件の場合にも同様の影響があるものと即断することはできない。飜つて本件許可がなされた経緯を見るに、成立に争のない甲第三号証の五、第八号証、証人山田彦太郎、石井十寸穂、松村久吉、松浦新之助、松下久道、川上六馬の各証言を綜合すると、二日市温泉は既に老衰期に達し、それが為新規の掘さくを制限する方針が採られ、又原告等主張のよらな協議もなされた訳であるが補助参加人に対する本件掘さくの許可処分に当り被告の諮問を受けた福岡県温泉審議会は同委員中その一人原告筑紫産業代表者武石政右衛門は十名の賛成三名の反対により過半数の決議を以て許可するを相当とする旨の意見を答申し、被告も亦原告等の湯口相互間の距離が補助参加人の掘さく地点よりも遙かに近距離にあるに拘らず、何等相互間に影響の認められない点並に補助参加人の掘さくが既設温泉の掘替である点等の事情を考慮の上、特に新泉源完成の上は旧温泉は埋没するとの附款を附して許可を与えたものであることが認められる。更に証人石井十寸穂、松下久道、川上六馬、尾崎松夫(第一、二回)の各証言及び右証人尾崎松夫の証言(第二回)により成立を認められる乙第二号証の一乃至四並に検証の結果(第二回)を綜合すると、補助参加人は右許可後その掘さくを開始し昭和二十八年二月十日掘さくを終了した上、旧温泉を埋没し、同年五月十二日利用許可の申請をなし(許可は同年八月七日)その頃より温泉の採取を始めたが右掘さくの開始後昭和二十九年三月十三日(第二回検証当日)までの間においては原告等の温泉の温度成分に格別の影響がないことを認めることができ、右認定に反する甲第九号証の記載証人山田彦太郎の証言及び原告大丸別荘代表者山田大助並に同筑紫産業代表者武石政右衛門各本人訊問の結果は措信しない。尤も証人高田梅雄の証言、原告大丸別荘代表者山田大助、同筑紫産業代表者武石政右衛門各本人訊問の結果(但し、以上いずれも前記措信しない部分を除く。)並に検証の結果(第二回)によれば原告筑紫産業の温泉は昭和二十九年二月頃そのゆう出がとまつた為従来より約三尺ポンプの位置を掘下げたこと又原告大丸別荘の温泉も現在、従来より強力な機械をすえつけて温泉を吸上げていることを認めることができるけれどもなおそのゆう出量に公益を害する虞ある程度の変化があるとは認められず、又右ゆう出力の低下が補助参加人が掘さくをなした結果に基くものであると断定するに足る証拠も存しない。

以上の事実に徴すれば補助参加人の本件温泉掘さくが原告等利用の温泉の温度成分等に影響を及ぼしたものとは到底認めることができないから、被告が補助参加人の温泉掘さくの許可申請に対し本件許可を与えたのは適法であつて、何等違法ということはできない。

よつて原告等の請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鹿島重夫 大江健次郎 武居二郎)

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